3月7日(日)京都市景観・まちづくりセンター(京都市下京区)において、景観・まちづくりシンポジウム「まちかどアルバム~よみがえれ『まち』の記憶!写真が語る、写真で語ろう~」を開催した。このシンポジウムは、財団法人京都市景観・まちづくりセンター、京都府京都文化博物館、立命館大学(教育研究高度化のための支援体制整備事業『歴史都市・京都とその空間文化をめぐる人文学的知の協働』プロジェクト)の三者の共催と、京都市の後援により開催したもの。明治時代から昭和時代に撮影された地域に眠る古写真を収集し、地域住民が語り合うことで、地元の歴史に対する理解を深めるだけでなく、コミュニティー形成に役立てることを目的としている。
第1部では、「写真が語る、京のまち~探れ!まちかど鑑定団~」と題し、中村伸之氏(有限会社ランドデザイン代表)の進行のもと、地域の古写真の読み解きが行なわれた。この読み解きは、南博史氏(京都文化博物館学芸課主任学芸員)、村上忠喜氏(京都市文化市民局文化財保護課文化財保護技師)、山田章博氏(有限会社市民空間きょうと取締役/代表)、河原典史・文学部准教授の5名の専門家によるものである。写真は、企画参加地区である、稲荷学区、瀧池学区、久我・羽束師、京極、西陣の5カ所から集められた。
第2部の「写真で語ろう、京のまち」では、地域別に3つの部屋に分かれ、スクリーンに映し出された地元の古写真を、各地区担当の専門家と地域の人が共に分析した。
水害に見舞われた久我・羽束師の写真では、撮影された丸太のようなものが、住民の証言から実は『蛇籠(じゃかご)』と呼ばれるものと判明した。『蛇籠(じゃかご)』とは、堤防の基礎作りに使われた竹製のものであるである。
河原氏は、参加者の意見などからこの写真を内水災害の写真であると結論付けた。「一見のどかそうに見える地元の別の風景写真からは、想像もつかぬ苦労がその土地にはあった」と指摘し、資料を重ね合わせて歴史を読み解く必要性を述べた。
他にも、農繁期託児所や小学校などの写真が登場し、写真が変わるたびに、被写体について地域の人からは様々な議論が飛び交い、座談会は大いに盛り上がった。
中村氏ら専門家は、古写真は歴史の生の資料としての貴重な文化財であると述べ、それらの保存と活用の重要性を地域の人々に訴えた。シンポジウムには約120人が参加した。
当日の写真はこちら。
http://www.ritsumei.jp/pickup/detail_j/topics/5450/date/3/year/2010