2014-7-31日経新聞
1.立命館大学生存学研究センター
人はみな老い、病気や障害を抱えることがある。また、周囲の人との様々な違いにも悩む。当センターはそんな問題を考え、解決の糸口を探り、生きるすべを発信する。
2.「介護はしんどい」と介護施設の職員が、メディアアートが専門の望月茂徳(37)同大准教授にこぼす。現場を少しでも楽しくしようと折り紙や歌、体操などのレクリエーションを採り入れるものの、マンネリ化は防げず、つまらなそうな人もいる。
3.望月准教授は、院生らと施設に通い、高齢者と家族、職員の「間」を取り持つ仕掛けづくりに取り組む。2人以上の肌と肌が触れると光るオブジェ、ベルが鳴り受話器を取ると「何してる?」と話す黒電話、手紙を入れると歌うポストなどである。
4.これらは、センサー技術を使ったおもちゃのような装置だが、コミュニケーションを活性化させる。「若い頃を思い出すなあ」「あっ、光った」と会話が自然と生まれる。「技術は速い、安い、頑丈を求めてきたが、心の問題にアプローチするものがあってもいい」
5.障害者とコンテンポラリーダンスにも取り組む。車椅子の車輪を回す速さに合わせて音楽が流れる装置「車いすDJ」を開発。「障害が理由でできないのとは逆で、車椅子でないとできない」
6.同センターは2007年、文部科学省の特色ある研究拠点作り推進事業で設置された。先端総合学術研究科を中心に社会学や心理学、経済学、人類学などの教員26人と約150人の大学院生や研究員が集まる。
7.生存学について、立岩真也センター長(53)は「傷害や病気、老いに関する制度や技術が利用者からどう見えているか。隙間をつなぐ研究」と話す。医学や看護学、社会福祉学などはあるが、主に提供する側から語られる学問。患者会といった集まりはあるが、「学問としては体系立っておらず、貴重な声の蓄積が伝えられない」と会報誌の収集に取り組む。
8.利用者目線で技術開発の優先順位の提言もする。全身の運動神経が衰え、徐々に身体が動かせなくなるALS(筋萎縮性側索硬化症)の意思伝達ツール開発はその一例。立岩センター長は「実は頭で考えただけで末端の神経がわずかに働くことが分かってきた。この仕組みを使った装置の方が、患者の利益に早くつながる」と訴える。
9.院生や研究員のバラエティーも特色だ。視覚や聴覚の障害、血友病などの難病を抱えている人やその家族、リハビリテーションや社会福祉の現場で働く人が多い。このような研究は書籍にもなり、約40冊が出版されている。
10.立岩センター長は「老いや障害、病気とともに生きる知恵や技を集めて解析し、誰もが生きやすい社会を作るためのアジアの拠点を目指したい」と話す。