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定年後からの大学進学2010 年 10 月 12 日

 毎年、宮城県校友会の総会では、初参加の方々に登壇頂き、自己紹介をお願いしています。本年度=2010年度は7名の方が初参加で、大学を出て間もない方、大学を出て50年近く経って初めて参加された方など、年齢や経歴はバラエティに富んでいました。

 そんななかに、卒年順の出席者名簿では、法学部で最も下、平成16年卒の佐々さんがいらっしゃいました。失礼ながら、とても最近、大学を卒業されたとは思えない容貌のその訳は、自己紹介のなかで判明しましたが、大学再入学の話は興味深く、総会に欠席された方にも、ぜひ紹介したいと思い、佐々さんに寄稿をお願いしました。

 以下は、佐々さんから頂いた記事です。

 

 はじめに

 今年、はじめて校友会総会・懇親会に参加する機会をえることができました。そのとき、校友会通信の担当の佐藤さんから原稿の依頼を受けました。そこで立命館大学に入るまでの様子などを思い出すまま、まとめてみたいと思います。

 

1 大学再入学を志したわけ

 地元の大学を卒業し、幸いなことにめざしていた中学校の教員になることができました。希望であった教員になることができ、充実した毎日であったように思います。

 親友であった同級生のA君は京都の同志社大学に在学しており、京都で一緒に会うことになりました。このことがいっそう、私の気持ちを京都に引きつける要因になったように思われます。当時はただ漠然とした願望ぐらいにはなっていたようです。

 定年退職をひかえ三年ぐらい前から定年後のことを具体的に考えるようになりました。

 

2 立命館大学を選んだ理由

 大学は京都の大学を選ぶことにしました。京都内の大学の入試要項をかたっぱしから集めました。

 特に留意したのは、社会人や特技を優先して入試を実施している大学でした。現役の高校生と入試を競っても、とてもかないそうもないと考えたからです。これ点で立命館大学は、社会人特別入学試験を実施していること、特に希望学部がほとんどそろっていること、以前大学で習得した単位が相当数認められること、入学金や学費が退職後の生活に大きな負担にならないことなどを考えました。

 

3 入学のための勉強

 入学試験は、はじめに入学にするのに必要な志望理由などの基本的な書類審査があり、二次では大学において課題論文の筆記試験、面接試験がありました。各教科や特別な課題などの試験はなかったので、特に勉強という勉強はしませんでしたが、予想される課題論文を意識して字数などを自分なりに設定し何度も作成して練習してみました。これは役に立ったように思います。

 

4 学生生活

 合格が決まった後、まず、住居を定めることにしました。住居探しは大学内にある生活協働組合で気に入ったところがあっさりと決まりました。梅津段町のマンションです。大家さんはとても親切な方で六年経った今でも親交があり、私の第二のふるさとです。

 日々の炊事などは教員時代に何度も経験していますので、さほど負担を感じたことはありませんでした。

ア 通学

はじめ、自転車でしたが坂がかなりきついのでバスに切り替えました。大学からの帰りは町の景観を観察したりしながらのんびりと帰りました。一年ぐらい経過したあとは便利な乗り物の利用などをたくさん覚えました。

イ パソコンの授業 

一年生のときのパソコンの授業は今も一番役立っているとともに私の趣味のひとつにもなっています。大学がすべてパソコンでつながっていて講義やリポートの提出などに活用されています。はじめのうちは、パソコンの操作ができなかったら何もかもできないように感じ、恐怖感を覚えたこともありました。

ウ 主としてまなんだこと 

一、二年生で感じたことは、法律関係の学科はどう考えても私にとって難しいものの一つで単位がとれるか心配の種でした。頭が論理的にできていないようです。結局は政治学を専攻し、赤澤先生の日本政治史のゼミで「ドキュメント仙台空襲」をまとめました。印象に残る講義は、中谷義和先生の政治学言論です。また先生の講義を受けてみたいです。

エ 京都

京都は、さすが千年の都、古さと新しさの調和した町、これからはつくりえない雰囲気とたたずまい、大好きな京都です。これからもずっと住んでいたい憧れの町です。

 

おわりにSASASAN

 私の思い描いた夢は定年退職穂の六十歳で実現しました。思いが実現したときの喜びはいまもきのうのような気がします。

佐々 敦(2004.3 法学部法学科卒)


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