葛飾北斎の作品に「日新除魔図」というものがある。最晩年の80歳代に、朝起きると、まず獅子(獅子舞なども含む)を描き、それから他の仕事を始めるという生活を続けたことがあった。その獅子図が「日新除魔図」と呼ばれるもので、現存する「日新除魔図」は250図くらいある。そのうちの219図は、近年、坂本五郎氏が九州国立博物館に寄贈し、現在同館の所蔵となった.重要文化財である。30cm余×20cm余のサイズの紙に、墨だけで獅子を描き、傍らにその日の日付を記したもので、北斎の自在な墨線が躍動する見事な作品群である。九博以外の展示を禁止するという面倒な条件が付いているが、公の機関に所蔵されたことで全図像が公開されたのは快挙と思う.今まではそのうちの4割くらいしか図が分からなかったので、研究が進まなかったのである。
少しずつではあるが、展示もされている。2月10日、219図中10図が展示されているというので、日帰りで九博に行ってきた.九博では、特別展「奈良 中宮寺の国宝」を開催していて、緊急事態宣言下なのに結構賑わっていた。ただ、私が見たいのは中宮寺の国宝ではなく平常展である。チケットを買おうとしたら、70歳以上は無料といる。70歳であると告げると、顔を見て、証明するものを示してほしいときた。複雑な思いで運転免許証を出すと、しげしげと顔を見比べて(マスクを付けています)O.K.が出た。ああ、年寄りの仲間入りをしたんだなとしみじみとした気分になった。
展示室で10図の「日新除魔図」を見て、旧知の研究員とお会いしたら、館長の島谷さんの部屋に連れて行ってくれた。別れ際、島谷さんは「日新除魔図」のカレンダーがあるから持っていけと言う。何図かしか掲載されていないカレンダーを頂いてもしょうがないと思い、一つでいいと言うと、そんなことを言わずと二つ持たせられた。ところが、帰ってからカレンダーを開いてみると、219図全図載っているではないか。かなり驚き嬉しくなり俄然やる気が出てきて、現在、「日新除魔図」の研究をしている。
「日新除魔図」は、墨だけでサッと描かれた私的な絵である。それを日新除魔と言ったのは北斎自身で、219図を与えた宮本慎助に添えた一紙には「日新除魔と号して朝な朝な描き捨た」ものと書かれている。「書き捨た」というのは一種の衒いで、実際には同居していた娘のお栄が保管していたことは間違いない。
「日新除魔図」は、宮本慎助に与えたもの以外に、本間北曜に与えたもの(現在、北斎館蔵)、小山田氏に与えたもの(小山田本と呼ばれる、小山田本には日付がない)があり、それ以外にも、大英博物館の6図など世界に散在していて、未だその全貌はつかめていない。
九博蔵の「日新除魔図」が描かれたのは1842年と1843年であり、今から180年ほど前になるが、毎朝、災いを除いてほしいとの祈りを込めて描いた1年余りの期間が、今の新型コロナウイルスによる閉塞した時代状況と重なって、感慨深いものがある。
大和美術館館長、あべのハルカス美術館館長
浅野 秀剛(S49 理工卒)
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