会報りつめい293号 デジタルブック
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奥おく野の美み奈な子こRITSUMEI INTERVIEWAPRIL 20248株式会社京都フィナンシャルグループ/株式会社京都銀行株式会社京都銀行、そして株式会社京都フィナンシャルグループで 初めての女性取締役に就任した奥野美奈子さん。 キャリアを築いてきた。その経験と今後への思いを伺った。取締役「一生続けられる仕事に就こう」と考えたのは、仕事を通じて社会の役に立ち、私が生きていく場所を自分自身でつくっていきたいと思っていたからです。しかし就職活動を始めて、あまりの逆風にがくぜんとしました。当時はまだ雇用に男女差別が色濃く残っていて、女性の総合職の採用は、まったくといっていいほどありませんでした。その中で一般職と総合職の区別がない単一制度を取っていたのが株式会社京都銀行でした。OB訪問をしようにも、総合職として働いている女性の卒業生がほとんどいない中、法学部出身で京都銀行に勤める非常に優秀な女性の先輩がいると聞いて、訪ねました。しかしその方から返ってきたのは、「女性が活躍できるフィールドは少ない。期待には応えられないと思うから、やめておいた方がいいよ」という言葉でした。心から私を案じてそう言ってくれたのだと思います。その時、「こんなに優秀で誠実な人がいる会社で働きたい」と思ったことが、入行の決め手になりました。入行式の日の、当時の頭取の訓示が今も心に残ってい現在より女性の企業での活躍が難しかった時代から、結婚・出産を経ても仕事を続け、 「将来ずっと仕事をしていきたい。女性の私が働き続けるためには、資格を取れるような学部がいい」。法学部を志望したのは、そんな気持ちからでした。地元京都の大学に進学することが両親との約束。中でも立命館大学を志望したのは、末川博名誉総長が残した「未来を信じ 未来に生きる」という言葉を知って、真面目で誠実な学風に親近感を持ったからです。大学時代は、学業の他にスキーに熱中。冬になると「20日間はスキーをする」という目標を立て、アルバイトでためたお金で毎週のようにスキーに出かけていました。大学では、法学という知らない世界を教えてもらえることが面白くて、とにかく授業を熱心に受けました。自分で決めた科目を履修し、きちんと単位を取る。それは、自分がどこまで真面目に頑張れるかという挑戦でもありました。自分の決めたことに責任を持ち、「自分のあるじは自分だ」と自覚できたのは、法学部での学びのおかげです。また法律の知識や法的な考え方は、銀行に就職してからも役に立ちました。10代、20代に一生懸命吸収したことは、なかなか忘れません。今も日々勉強していますが、その基盤を築けたのが大学時代でした。撮影: 二村 海一生懸命やれば 一生懸命やれば チャンスを与えてくれるチャンスを与えてくれるさん(’89法)多くの人に支えられたからこそ、 次代を担う人を応援したい。

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