会報りつめい291号 デジタルブック
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海のない県・滋賀で、完全な閉鎖環境での陸上養殖AUGUST 20238を成功させ、注目を集める株式会社アクアステージ。 代表取締役の大谷洋士さんが開発した独自の循環型水質 浄化システムを活用することで、環境に負荷をかけない養殖 事業が注目を集めている。環境に関わるビジネスに関心を持った背景には、子ども時代の思い出がある。高度経済成長期の末期に当たる1970年代前半に幼少期を過ごした大谷さん。「日本の海や川がどんどん汚くなっていくのを見て、いつかそれを解決できる仕事ができたらいいなと漠然と思っていました」と打ち明ける。京都で祖母が暮らしていたことから、立命館大学に進学。学費と生活費を自分で賄うためにアルバイトを幾つも掛け持ちし、授業が終わる夕方から翌朝まで働く生活だった。「のほほんとした学生生活でなかったのが、かえって良かった。大学生をしながら社会とフルに関わって、多くの経験を積むことができました」卒業後は信託銀行に就職し、都市開発やまちづくりに携わった。日本各地で工場の閉鎖が相次いだ頃だ。「まちの中心にあった産業拠点が空き地になると、まちの構造はガラッと変わってしまいます。そこに行って、新たにニュータウンをつくっていくのが仕事でした」。やりがいは大きかったが、企業の一社員としては、まちづくりに目途が立ったら後任に引き継ぎ、次の案件に移らなければならない。次第に「最後まで自分でやり遂げたい」という思いが強くなっていった。入社10年目に仲間とともに独立し、株式会社ウイルステージを設立。まちづくりを手掛ける中で、ビオトープなどの設置に関わるようになったことが、水質浄化システムの開発につながっていく。「自社の施設にビオトープを造り、さまざまな浄化実験をして『これだ』という方法を見つけました。家で一人『やったー』と叫んだことを覚えています」。その後、縁あって京都・宇治の平等院の池の水質浄化を手掛け、皇居外苑の日比谷濠などの水質浄化にも携わり、実績を積み重ねた。この浄化システムを導入すると、水底がくっきり見えるほど水質が改善される。「これだけ多量の水を浄化できるなら、閉鎖環境での魚の養殖にも活用できるのではないか」。そう思い立ったのが陸上養殖だった。陸上養殖の多くが川や海から水をくみ上げ、餌や排泄物の混ざった水を排出する方式であるのに対し、大谷さんが採用したのは、バクテリアを使って水中の有害物質を分解する方式だ。この方式なら汚れた水を排出することなく水質を保つことができる。「魚が病気にならないので、薬を与える必要もありません。これならどの地域でも付加価値の高い水産物を創出し、地域活性化に生かすことができます」と大谷さん。現在はトラフグやバナメイエビ、ウナギ、琵琶湖の固有種ビワマスなどを養殖し、販売まで行っている。2022年、北海道釧路市と連携し、大手製紙メーカーの工場跡地でサケの陸上養殖試験に着手した。工場の閉鎖によって空洞化したまちの中心に養殖場を造ることで、活気を呼び戻そうとしている。かつては日本有数のサケの水揚げ量を誇った釧路市だが、近年は漁獲高の減少が深刻化している。陸上養殖が実現すれば、サケの産地として水産業を盛り返すこともできるかもしれない。「うれしかったのは、養殖設備の設置作業に行った時、地元の人が『魚の人でしょ、ニュースで見たよ』と声を掛けてくれたことです。今回の取り組みを、地元でも関心を持ってくれていることが分かり、改めてやりがいを感じました」と語る。水産資源の枯渇や食料不足、海洋汚染などといった世界的な課題が浮き彫りになっている現代、大谷さんは大きな夢を描いている。「これまでは取る一方でしたが、計画的に生産可能な技術となる手応えを感じています。われわれが魚を食べて生きていく上で、当社の陸上養殖システムが、食料安全保障の一助になればと考えています」。また水質浄化技術を広大な海洋の浄化に生かす道筋も見えてきたという。子どもの頃に夢中になって見たテレビ番組さながらに「世界の海を助けに行く『環境サンダーバード』になれる日も近いと思っています」。株式会社アクアステージ 代表取締役 大おお谷たに 洋ひろ士しさん(’90経済) 完全閉鎖型の陸上養殖で水産資源の未来を守る。

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