立命館大学校友会

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第95回報告 「半世紀の時を経て復活した祇園祭の後祭と150年ぶりに再建された大船鉾」2015年2月25日

10月例会は稲本蕗子さん(S34・心理)に「半世紀の時を経て復活した祇園祭の後祭と150年ぶりに再建された大船鉾」と題してお話戴きました。
園祭(ぎおんまつり)は、京都市東山区八坂神社園社)の祭礼で、貞観年間(9世紀)より続く京都の夏の風物詩であります。
祭行事は八坂神社が主催するものと、山鉾町が主催するものに大別され、 山鉾町が主催する行事が「園祭」と認識されることが多く、その中の山鉾行事だけが重要無形民俗文化財に指定されています。
山鉾行事(巡行)は、前祭(さきまつり)と後祭(あとまつり)の2つに分けられます。
その山鉾巡行ですが、今年(平成26年)の祇園祭は昭和40年以来49年ぶりに後祭が復活したことで前祭・後祭が実現しました。
さて、大船鉾ですが、四条町(新町通り四条下ル)の鉾であり、その歴史は応仁の乱以前に遡り祇園祭のしんがりを務める鉾でもありました。
その大船鉾は蛤御門の変(1864年)で木組みや車輪などの構造部分を焼失してしまいましたが、幸いにも織物類や大金幣・懸装品は無事でありました。
以来、大船鉾は「休み鉾」となり、その間140年以上に亘り装飾品などを四条町でお飾りする「居祭り」の神事により守り続けられました。
その間、鉾の復興を願い「唐櫃巡行」を行いましたが鉾再建には至りませんでした。 明治3年のことであります。
その後、「居祭り」も中止する事態となっていましたが、平成9年、若手による「四条町大船鉾囃子方」が結成されました。
この囃子方の結成が引き金になって、平成21年「祇園祭山鉾巡行」がユネスコの無形文化遺産に登録されたことと相まって、大船鉾再建へ人々の想いが向いました。
問題は資金負担(26戸を残すだけの四条町にとって車輪1つが5百万円以上もする鉾)、平成23年に創立60周年を迎える京都青年会議所より記念事業として
大船鉾復興支援の申し出があり、その翌年、菊水鉾保存会から足回り部分に当たる石持・車輪・車軸を譲り受け、更に、黒主山保存会から欄縁の黒漆塗りを
施して貰うこととなり、また、京都ライオンズクラブから鉾上部の屋形部分の寄贈の申し出がありました。
こうして大船鉾の全容が完成に至りました
稲本さんは地元である四条町の大船鉾の変遷を見て来られました。
TVに映し出される祇園祭の華やかさの側面にある文化・芸術・歴史を身近なものとして我々に語ってもらえました。

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